真言宗智山派吉祥院珍珠山

仏教コラム

仏のことばを読む六. 般若心経   その16

 受想行識亦復加是は色蘊というダルマ【法】と同様に五蘊の他の受蘊・想蘊・行蘊・識蘊というダルマ【法】もまた空の状態であるという意味です。このように五蘊のそれぞれのダルマ【法】について空の状態であることを確認し、照見五蘊皆空の内容を説き明かしているのです。先ほども述べたように色即是空 空則是色がこの経典の根本思想であるという理解が間違っていることにお気づきだと思います。
 次の是諸法空相のうち、是とは前に述べたものを指す語ですから五蘊のことです。次のは複数形を示す語で、次のが複数であることになります。いうまでもなく諸法で五蘊というすべてのダルマ【法】を示しています。梵語では「すべてのダルマ【法】」となっており、これを諸法ともあるいは一切法とも漢訳します。次の空相は「空である状態を特徴とする」という意味です。これも五蘊皆空を言い換えたのです。
 不生不滅とは「生じたり滅したりしない」という意味です。物事は生じたり滅したりするのですが、先に述べたように、般若経以前の伝統的な教理学では、それはダルマ【法】によって生滅していると考えられます。そして、般若経に基づけば、そのダルマ【法】は言語で虚構されたのであり、実在するものではないので「空である状態を特徴とする」のであるから、ダルマ【法】が生滅することはないのです。この不生不滅という考え方は古くから仏教にありましたが、般若経が空の思想を強調する中でさまざまに説かれるようになりました。その場合の基本的な趣旨は、すべては言葉による虚構にすぎないのであり、生滅というのも言葉によって生み出された幻のようなものであるという主張にあります。私たちが現実であると思い、苦しみ悩む世界も、所詮(しょせん)は幻の如くであり、夢の如くであるというのが大乗仏教の基本的立場です。その幻の如く、夢の如き現実に目覚め、真実を見抜くことが大事であると多くの経典で説かれています。
 

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