真言宗智山派吉祥院珍珠山

仏教コラム

仏のことばを読む六. 般若心経   その1

 この経典は大乗仏教の教えの心髄が説かれているとされ、ほとんどの宗派でお唱えされています。したがって私たちには最もなじみのある経典といえるでしょう。また数多くある経典の中でも異例なほど短い文章にまとめられているので手頃に読誦でき、また暗記しやすいのでなじみ深くなったのでしょう。しかし、そこに説かれている内容はきわめて難解です。
 そこで今までに多くの学僧や、近代になってからは仏教学者が注釈書(ちゅうしゃくしょ)や解説書を著(あらわ)してきました。しかし、それでもなお、この経典の真意を汲みとることは難しいといわざるを得ません。
そうした中でも、さまざまな解説書が理解のために準拠するほど卓越した解説をほどこしているのが弘法大師の著した『般若心経秘鍵(ひけん)』です。ところが、この『般若心経秘鍵』を深く理解することも大変難しいのです。そこで、ここではまず一般的な理解を示し、その後に、祈りの心を大切にしながら弘法大師の著作にも関連させて考えてみたいと思います。
 『般若心経』は「般若経」といわれる経典の―つです。「般若経」とは経題(きょうだい)に「般若波羅蜜(はらみつ)【多】」あるいはその異訳(いやく)名を冠した経典群の総称です。古くは紀元前後の頃から制作され始め、七世紀頃まで数多くの般若経が成立しました。
 般若経に説かれる般若とは、修行の過程でさまざまに仏の教えを分析し、考察する智慧のことです。その智慧の完成を般若波羅蜜多(はらみた)といいます。したがって般若経は智慧をきわめて重視する経典です。しかもその智慧は私たちが普通に考えている知恵とは異なります。そのことは後に述べることにします。
 この般若波羅蜜多を強調する経典が成立する前に、六波羅蜜多を説く経典がありました。この六波羅蜜多の―つが般若波羅蜜多なのです。般若経でも六波羅蜜多の実践が重視されて説かれます。そこで『般若心経』について述べる前に、六波羅蜜多について記しておきましょう。六波羅蜜多は次の六つです。なお波羅蜜多は波羅蜜と「多」の字を除いても表記されます。したがってこの六つは六波羅蜜ともいいます。
①布施(ふせ)波羅蜜多
②持戒(じかい)波羅蜜多
③忍辱(にんにく)波羅蜜多
④精進(しょうじん)波羅蜜多
⑤禅定(ぜんじょう)波羅蜜多
⑥般若波羅蜜多

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