やまと心を詠ずる歌
ご詠歌は、日本人の誰もが抱く喜怒哀楽を言の葉として綴り、また、古来より綿々と伝えられてきた独特の旋律を奏でてきました。そして、私たちは現代に至っても、このご詠歌を支えとして信仰にあふれる暮らしを送っています。人は生きてゆく上で、さまざまな悩みや苦しみに出会います。生まれる苦しみ、老いる苦しみ、病む苦しみ、死ぬ苦しみ。この思いどおりにならない四つの苦しみは、誰にも避けることができません。
さらに、自分の大切な人、かけがえのない人が死を迎え、永遠に別れなければならない際は、もっと苦しい思いを強いられます。大切な人が自分を残して死んでゆく……。その時の身を引き裂かれるような心の痛みは、何も考えられなくなるほど辛いものでしょう。
それでも人は、愛する人の死を受け容れ、悲しみを乗り越えてこれからの暮らしを送り、生きてゆかねばなりません。寿命が尽きた亡き人の分まで、自分のいのちを活かしきることが、故人への何よりの供養になると言い聞かせもします。そんな時に、ご詠歌は自分自身の支えとなり、悲しみをいやし、残された者を勇気づけてくれます。また、亡き人を偲んでお唱えするご詠歌は、故人への最善のご供養となるのです。
密厳流のご詠歌には、亡きみ魂のご冥福を祈り、供養のまことを捧げ、悲しみをいやす曲がいくつもありますお釈迦さまが涅槃に入られた情景が浮かぶ『釈迦牟尼如来涅槃和讃』、お大師さまと共に生きる支えを与えてくれる『遍照(同行二人)』、亡きみ魂が密厳浄土へおもむく様子を謳った『いろは和讃』、亡き人への哀しみを切々と綴る『追弔和讃』や『追善供養和讃』などは、切々と胸に染み入ります。また、こうした曲をお唱えすると、乾いた心は少しずつ、いつの間にか潤ってくるのです。
大切なものを亡くす悲しみ。支えを失うむなしさ。かけがえのない人の死は、誰もが経験することですが、同時に深い悲しみに打ちのめされる一大事でもあります。そんな時こそ、くじけそうな心に、ご詠歌はひとすじの光明をさしぐみます。そして、生きる力をよみがえらせる密厳流の響きは、亡き魂が仏の世界へ旅立ったことを告げ、私たちにこれからへの望みと勇気を与えてくれるのです。
